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東寺五重塔ーー空海の想いと匠の技が織りなす木造建築の最高峰

by MJ編集部

1. 概要

京都の街を静かに見守るように、悠然とそびえ立つ一本の塔。新幹線の窓から、あるいは街の角を曲がった瞬間、視界に飛び込んでくるその姿は、まさに古都京都の象徴そのものと言えるでしょう。東寺五重塔――その名を耳にするだけで、多くの人の心に懐かしさと畏敬の念が湧き上がってくるのではないでしょうか。

朝霧に包まれた塔の輪郭が徐々に浮かび上がる瞬間、夕陽に照らされて金色に輝く相輪が天を指す情景、あるいは満開の桜とともに春の空に映える姿。四季折々、時間ごとに異なる表情を見せるこの塔は、千二百年近い歳月を経てなお、訪れる者の心の琴線に触れ続けています。高さ約55メートル――木造の塔としては日本一の高さを誇るこの建造物は、ただ高いというだけではなく、そこに込められた祈りと技、そして幾多の人々の想いが重層的に織りなす、まさに日本文化の結晶なのです。

この塔を前にすると、時の流れが一瞬止まったかのような不思議な感覚に包まれます。それは、この塔が単なる建築物ではなく、時代を超えて受け継がれてきた信仰と技術、そして美意識の結晶であるからでしょう。今日もなお、この塔は京都の空に向かって静かに、しかし力強く立ち続けているのです。

2. 基本情報

正式名称:教王護国寺五重塔(きょうおうごこくじごじゅうのとう)
通称:東寺五重塔(とうじごじゅうのとう)

所在地:京都府京都市南区九条町1番地

建立時代:現在の塔は江戸時代初期(寛永21年/1644年)
初代の塔は平安時代初期(天長3年/826年着工)

建立者

  • 初代:空海(弘法大師)の発願により着工
  • 現存する塔(五代目):徳川家光の寄進により再建

建築様式:純和様(わよう)の五重塔建築
本瓦葺、宝形造の屋根を持つ

文化財指定状況:国宝(昭和27年/1952年指定)

世界遺産登録:「古都京都の文化財」の構成資産として、平成6年(1994年)にユネスコ世界文化遺産に登録

その他の特記事項

  • 木造塔として日本最高の高さ(約54.8メートル)
  • 東寺(教王護国寺)は真言宗総本山
  • 京都のランドマークとして、市街地の景観保護の基準点にもなっている

3. 歴史と制作背景

東寺五重塔の歴史は、まさに京都そのものの歴史と重なり合っています。その物語は、平安京遷都という日本史上の大転換期にまで遡ります。延暦13年(794年)、桓武天皇が長岡京から平安京へと都を遷した際、新たな都の正門である羅城門の東西には、国家を護る官寺として東寺と西寺が建立されました。しかし、この時点ではまだ五重塔の姿はありませんでした。

時は弘仁14年(823年)、嵯峨天皇は真言密教の礎を築いた空海(弘法大師)に東寺を下賜(かし)します。これにより、東寺は真言密教の根本道場として生まれ変わることとなったのです。空海は、密教の宇宙観を体現する建造物として五重塔の建立を発願(ほつがん)しました。それは単なる仏塔ではなく、密教における五大(地・水・火・風・空)を象徴し、大日如来の教えが五方に広がることを示す、いわば立体曼荼羅とも言うべき存在だったのです。

天長3年(826年)、ついに五重塔の建立工事が始まりました。しかし、空海自身はその完成を見ることなく、承和2年(835年)に入定(にゅうじょう)されます。弟子たちが師の遺志を継ぎ、約50年の歳月をかけて完成させたのが初代の塔でした。ところが、この初代の塔は、落雷により焼失してしまいます。その後、二代目、三代目と再建されますが、いずれも火災や落雷によって失われてしまいました。四度目の焼失は文明18年(1486年)の土一揆による火災でした。

こうして幾度も失われては再び建てられるという歴史を繰り返しながら、人々の信仰と執念は途絶えることがありませんでした。その背景には、この塔が単なる建造物ではなく、国家の安泰と仏法の興隆を願う祈りの結晶であったからに他なりません。焼失のたびに、時の権力者や民衆が協力して再建を果たしてきたのは、この塔に対する深い信仰と、空海の遺志を守り続けようという強い意志の表れだったのです。

そして現在私たちが目にする五代目の塔は、江戸時代初期、寛永21年(1644年)に完成したものです。三代将軍・徳川家光が、幕府の威信をかけて再建を支援しました。家光の治世において、東寺の復興は、信仰的意味と政治的象徴性の双方を帯びた重要な事業として位置づけられていました。また、江戸幕府が開かれて間もない時期に、京都の象徴的建造物を再建することは、幕府の権威を示すとともに、朝廷との関係を円滑にする政治的意味もあったのです。

この五代目の塔は、過去四度の失敗の経験を活かし、より堅牢な構造が採用されました。特に、心柱(しんばしら)を地面から浮かせる構造や、各層を緩やかに連結する柔構造は、地震国日本における木造建築の知恵の結晶といえます。完成から約380年、この塔は大地震や戦火をくぐり抜け、今日まで立ち続けているのです。

東寺五重塔の歴史は、日本人の「諦めない心」と「信仰の力」を物語っています。焼けては建て、倒れては起こすという繰り返しの中で、人々は常に空海の理念を守り続けてきました。そして、その過程で蓄積された建築技術や美意識は、日本建築史における貴重な遺産となっているのです。

4. 建築的特徴と技法

東寺五重塔は、日本建築史上最も洗練された木造塔建築の一つとして、その価値は計り知れません。約54.8メートルという圧倒的な高さもさることながら、この塔の真の素晴らしさは、その構造美と技術的完成度にあると言えるでしょう。

まず目を引くのは、純和様(わよう)と呼ばれる建築様式の美しさです。中国から伝来した仏塔建築を日本の風土と美意識に適応させて発展させた純和様は、優美な曲線を描く屋根、繊細な組物、そして全体の均整の取れたプロポーションに特徴があります。東寺五重塔では、各層が上に行くにつれて徐々に小さくなる逓減率が絶妙に計算されており、遠くから見ても近くで見ても美しいバランスを保っています。この逓減率は、単なる視覚的美しさだけでなく、構造的安定性をも考慮した、先人の知恵の結晶なのです。

この塔の最大の技術的特徴は、その耐震構造にあります。中心を貫く心柱は、実は地面から浮いた状態で設置されています。この「懸垂式心柱」と呼ばれる構造は、地震の際に各層が独立して揺れることを可能にし、塔全体の倒壊を防ぐ役割を果たします。まるで巨大な振り子のように、心柱が揺れを吸収するこの仕組みは、現代の免震構造にも通じる、驚くべき先進性を持っているのです。実際、昭和9年(1934年)の室戸台風や、数々の地震にも耐えてきたその実績が、この構造の優秀性を証明しています。

さらに注目すべきは、釘を一本も使わない伝統的な木組みの技法です。「組物」と呼ばれる複雑な木材の組み合わせによって、建物全体が支えられています。特に、軒を支える「斗栱(ときょう)」は、見る者を圧倒する精緻さです。まるでパズルのように組み合わされた部材は、それぞれが互いを支え合い、全体として強靭な構造を生み出しています。江戸時代の宮大工たちの卓越した技術と、木という素材を知り尽くした知恵が、ここに結実しているのです。

屋根に使用されている本瓦は、重厚で格調高い雰囲気を醸し出しています。この重い瓦を支えるために、木組みには特別な工夫が施されており、重量バランスを考慮した構造設計がなされています。また、頂上に輝く相輪(そうりん)は、青銅製で高さ約10メートルもあり、その精緻な装飾は仏教的宇宙観を表現しています。九輪、水煙、宝珠から成る相輪は、まさに天を突き刺すような存在感を放っています。

内部構造も実に興味深いものがあります。初層内部には、空海が唐から持ち帰った密教の教えを表す、極彩色の壁画や仏像が安置されています。特別公開時にしか見ることができないこの空間は、外観の荘厳さとはまた異なる、密やかで神秘的な雰囲気に満ちています。四方に配置された如来像と八大菩薩像は、立体曼荼羅を構成し、密教の宇宙観を体現しているのです。

また、この塔の影響は現代建築にも及んでいます。東京スカイツリーの制振システムは、五重塔の心柱構造と類似した原理を採用しており、「心柱制振」と名付けられています。千年以上前の建築技術の知恵が、21世紀の超高層建築の設計に活かされているという事実は、日本の伝統建築の先進性と普遍性を物語っているのではないでしょうか。

5. 鑑賞のポイント

東寺五重塔の美しさを心ゆくまで堪能するためには、時間帯や季節、そして見る角度にも気を配りたいものです。この塔は、まるで生きているかのように、刻々とその表情を変えていくのです。

最も神秘的な情景が広がるのは、早朝の時間帯でしょう。夜明け前の薄明かりの中、朝霧に包まれて浮かび上がる塔のシルエットは、まさに幽玄の美そのものです。特に秋から冬にかけての冷え込んだ朝は、靄が立ちやすく、塔が天と地の間に浮遊しているかのような幻想的な光景に出会えることがあります。一方、夕暮れ時の西日に照らされる塔も格別です。金色に輝く相輪と、赤く染まる空のコントラストは、まさに極楽浄土を思わせる荘厳さがあります。

季節によっても、塔は全く異なる顔を見せてくれます。春には、境内に咲き誇る桜とのコラボレーションが見事です。特に、夜桜の時期にライトアップされた塔と桜の共演は、息を呑むほどの美しさです。ピンク色の花びらと、漆黒の夜空に浮かび上がる塔の対比は、まさに日本の美意識の精髄と言えるでしょう。夏には、濃緑の木々を背景に、力強く聳える塔の姿が印象的です。青い空と緑の木々、そして塔の朱色が織りなす色彩のハーモニーは、生命力に満ちた季節を象徴しています。

秋の紅葉の季節には、境内の楓や銀杏が色づき、塔を取り囲むように錦絵のような景色が広がります。特に、瓢箪池(ひょうたんいけ)に映る「逆さ五重塔」は、東寺を訪れたならば必ず見ておきたい絶景です。水面に映る塔は、まるでもう一つの世界への入口のように神秘的です。そして冬には、雪化粧した塔が凛とした美しさを見せてくれます。白銀の世界に佇む塔は、まさに清浄そのものの姿です。

鑑賞の際には、距離感も大切です。境内の中から見上げる塔は、その巨大さと迫力に圧倒されます。特に、初層の真下から見上げた時の、天に向かって伸びていく垂直線の美しさは格別です。一方、少し離れた位置から、境内の建造物群と共に眺める塔もまた趣があります。全体のバランスや、伽藍配置の美しさを感じ取ることができるでしょう。

また、細部にも注目してください。各層の軒先の反り具合、組物の精緻さ、そして相輪の装飾など、近づいて観察すればするほど、職人たちの技の粋を感じることができます。時間が許すなら、一日のうちで何度か訪れて、光の角度による見え方の変化を楽しむのもおすすめです。塔は、見る者の心に応じて、その都度新しい美しさを見せてくれるはずです。

6. この文化財にまつわる史実(特別コラム)

空海の発願から四度の焼失へ――不屈の復興史

東寺五重塔の建立は、空海の密教理念と深く結びついています。弘仁14年(823年)、嵯峨天皇から東寺を賜った空海は、この寺を真言密教の根本道場として整備する壮大な計画を立てました。その中核となったのが五重塔の建立だったのです。

天長3年(826年)、五重塔の建立工事が開始されました。しかし、空海はその完成を見ることなく、承和2年(835年)3月21日、62歳で高野山において入定しました。『続日本後紀』には、空海の死が朝廷に報告された記録が残っており、その功績が讃えられています。

空海の死後、弟子たちが師の遺志を継いで建設を続け、約50年の歳月をかけて初代の五重塔が完成したとされています。ただし、完成年については諸説あり、貞観16年(874年)頃とする説が有力です。『東寺百合文書』などの史料からは、建設が困難を極めたことが窺えますが、詳細な記録は残されていません。

空海が五重塔に込めた思想については、密教における五大(地・水・火・風・空)の象徴、あるいは大日如来の教えが五方に広がることを示すという解釈がなされています。これは空海の著作『秘密曼荼羅十住心論』などに見られる密教思想と整合しています。

しかし、この塔は、その長い歴史の中で四度焼失し、五度建て直されるという苦難の道を辿ってきました。これらは単なる伝承ではなく、確かな史料に基づく歴史的事実です。

初代の塔は、建立から約100年後の天慶3年(940年)に落雷により焼失したことが『日本紀略』に記録されています。

二代目の塔は、天禄元年(970年)から永延2年(988年)にかけて再建されましたが、これも天福元年(1233年)に落雷で焼失しました。『百錬抄』にこの記録が残されています。

三代目の塔は、文暦2年(1235年)に再建が始まり、嘉禎元年(1241年)に完成しました。しかし、康永元年(1342年)、またしても落雷により焼失してしまいます。この時の記録は『園太暦』などに見られます。

四代目の塔は、貞和3年(1347年)から観応元年(1350年)にかけて再建されましたが、文明18年(1486年)、土一揆による火災で焼失しました。『大乗院寺社雑事記』にこの出来事が記されています。

四代目焼失後、戦国時代の混乱もあり、約160年もの間、東寺には五重塔のない時代が続きました。この長い空白期間は、寺院にとって深刻な経済的・精神的打撃だったことが、東寺の文書からも窺えます。それでもなお、人々の信仰は途絶えることはありませんでした。

徳川家光による再建――江戸幕府の威信をかけた事業

現在私たちが目にする五代目の塔は、江戸幕府三代将軍・徳川家光の強力な支援により実現しました。これは単なる寺院の復興ではなく、幕府の権威を示す政治的意味も持つ大事業でした。

寛永10年(1633年)頃、徳川家光の治世下において、東寺五重塔再建の方針が固められたとされています。『東寺執行日記』には、幕府からの援助についての記録が残されています。幕府は材木の調達から職人の派遣まで、全面的な支援を行いました。

再建工事は寛永13年(1636年)に着工し、寛永21年(1644年)に完成しました。約8年の工期でした。再建事業には、木食以空(もくじきいくう、1565–1648)という僧が関与したと伝えられています。以空は建築にも造詣が深く、この再建事業において重要な役割を果たしました。

『寛永諸家系図伝』や『東寺王代記』などの史料から、この再建には当時最高水準の技術が投入されたことがわかります。特に、過去四度の失敗から学び、より堅固な構造が採用されました。心柱を地面から浮かせる懸垂式構造は、この時代に洗練・体系化された可能性が高いと考えられています。

完成後の供養には、後水尾天皇の勅使も参列したことが記録されており、この再建が国家的事業として位置づけられていたことがわかります。

そして実際に、この五代目の塔は380年近くを経た現在まで、一度も倒壊することなく立ち続けています。昭和9年(1934年)の室戸台風、昭和20年(1945年)の空襲、平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災など、数々の災害を乗り越えてきた事実は、江戸時代の建築技術の優秀性を証明しています。

弘法市の起源と発展――庶民信仰との結びつき

東寺と庶民を結ぶ重要な行事に「弘法市(こうぼういち)」があります。これは毎月21日、空海の入定日(旧暦3月21日)にちなんで開かれる縁日です。

この市の起源は明確ではありませんが、少なくとも江戸時代には確立していたことが、『日次紀事』などの文献から確認できます。当初は空海への信仰に基づく参詣者が集まる日でしたが、次第に商人たちが境内で商いを始め、市として発展していきました。

特に、毎年12月21日の「終い弘法」と1月21日の「初弘法」は、年の瀬と新年の風物詩として、京都の人々に親しまれてきました。『京都名所案内』(明治時代)などの文献にも、この市の賑わいが記されています。

現在では、約1,200店もの露店が並び、骨董品、古着、植木、食べ物など、様々な品が売買されています。五重塔を背景に広がる市の光景は、東寺が単なる文化財ではなく、今も人々の生活と深く結びついた「生きた寺院」であることを示しています。

7. 現地情報と観賞ガイド

拝観時間

  • 3月20日~9月19日:午前8時~午後5時30分(受付終了:午後5時)
  • 9月20日~3月19日:午前8時~午後4時30分(受付終了:午後4時)

拝観料

  • 境内自由(無料)
  • 金堂・講堂:各500円(共通券800円)
  • 五重塔初層内部:特別公開時のみ(春・秋の特別拝観期間)、別途拝観料が必要

アクセス方法

  • JR京都駅から:徒歩約15分
  • 近鉄東寺駅から:徒歩約10分
  • 市バス:「東寺東門前」下車すぐ、または「東寺南門前」「九条大宮」下車徒歩約3分
  • 車でお越しの方:境内に有料駐車場あり(普通車600円/2時間、以降1時間ごと300円)

所要時間の目安

  • 五重塔と境内のみ:約30分
  • 金堂・講堂を含む:約1時間~1時間30分
  • じっくり鑑賞する場合:2時間以上
  • 特別公開時(五重塔初層内部含む):2時間~2時間30分

おすすめの見学ルート

  1. 南大門から入り、まず遠くから五重塔の全景を眺める
  2. 金堂で薬師如来像を参拝
  3. 講堂で立体曼荼羅を鑑賞(21体の仏像群は圧巻)
  4. 五重塔を間近で観察(外観のみ。特別公開時は初層内部も)
  5. 瓢箪池で「逆さ五重塔」を撮影
  6. 宝物館(春・秋の特別公開時)

特別公開情報

  • 春の特別公開:3月下旬~5月下旬頃(桜の開花時期を含む) 五重塔初層内部の極彩色壁画と仏像を公開
  • 秋の特別公開:9月下旬~11月下旬頃(紅葉の時期を含む) 五重塔初層内部公開、夜間ライトアップあり
  • 弘法市(こうぼういち):毎月21日(弘法大師の月命日) 境内で約1,200店の露店が並ぶ縁日。五重塔を背景に賑わう光景は必見

周辺のおすすめスポット

  • 京都駅:徒歩15分。京都タワー展望台から東寺五重塔を含む京都市街を一望
  • 梅小路公園:徒歩20分。京都鉄道博物館や京都水族館がある
  • 西本願寺:徒歩20分。世界遺産、国宝の御影堂が見事
  • 渉成園(枳殻邸):徒歩20分。東本願寺の飛地境内地で、美しい庭園が楽しめる

撮影スポット

  • 瓢箪池からの「逆さ五重塔」(特に風のない日の早朝や夕方がベスト)
  • 南大門付近から桜と共に(春季)
  • 講堂前から正面を撮影
  • 境内東側から朝日を背景に
  • 新幹線のホームから(京都駅)

便利な情報

  • 境内にはお手洗い、自動販売機あり
  • 車椅子での拝観可能(一部制限あり)
  • 授与所で御朱印を受けることができます
  • 東寺真言宗の総本山として、写経・写仏の体験も可能(要予約)

8. 参拝のマナーと心構え

東寺五重塔は、国宝であり世界遺産であると同時に、現在も信仰の場として人々の祈りが捧げられている神聖な空間です。訪れる際には、以下のような心構えとマナーを大切にしていただければ、より深く文化財を味わうことができるでしょう。

境内でのマナー

  • 境内に入る際は、南大門や東大門で一礼してから入ると、より心が整います
  • 五重塔の前では、静かに手を合わせる時間を持ってみてください。特別な作法は必要ありませんが、敬意を込めた態度が大切です
  • 大声での会話や騒がしい行動は控え、静かな雰囲気を保ちましょう
  • 撮影は自由ですが、三脚や自撮り棒の使用は周囲への配慮が必要です。混雑時は控えめに

建造物への接し方

  • 五重塔や他の建造物に触れないようにしましょう。木造建築は傷みやすく、多くの人が触れることで劣化が進みます
  • 柵の内側には入らないようご注意ください
  • 落書きや損傷行為は、文化財保護法違反となります

撮影について

  • 堂内の仏像は、基本的に撮影禁止です。標識に従ってください
  • フラッシュ撮影は、壁画や彩色を傷める原因となるため、禁止されている場所では必ず守りましょう
  • 他の参拝者が写り込まないよう配慮することも、思いやりの一つです

服装と持ち物

  • 特別な服装の指定はありませんが、極端に肌の露出が多い服装や、不快感を与える服装は避けましょう
  • 夏場は日差しが強いため、帽子や日傘があると便利です。ただし堂内では帽子を脱ぐのが礼儀です
  • 歩きやすい靴での参拝をおすすめします

心構え 東寺五重塔は、千年以上にわたり多くの人々の信仰と努力によって守られてきた宝です。私たち一人一人が、未来世代へこの素晴らしい文化財を引き継ぐ責任を持っています。「見せていただいている」という謙虚な気持ちで訪れることで、塔が語りかけてくる歴史の声に、より深く耳を傾けることができるのではないでしょうか。

9. 関連リンク・参考情報

公式サイト・関連機関

世界遺産関連

学術・研究資料

  • 京都国立博物館(東寺関連の特別展開催時)
  • 国立国会図書館デジタルコレクション(東寺関連史料)

SNS・動画コンテンツ

  • 東寺公式X(旧Twitter)アカウント
  • YouTube: 東寺五重塔の四季、特別公開の様子など
  • 京都観光公式チャンネル

書籍・文献(参考)

  • 『東寺百合文書』(世界記憶遺産登録)
  • 『東寺の歴史と美術』各種研究書
  • 『日本建築史』各種専門書
  • 『空海と東寺』関連書籍

10. 用語・技法のミニ解説

純和様(わよう) 日本独自に発展した寺院建築様式のこと。中国から伝来した建築様式を基礎としながら、平安時代後期から鎌倉時代にかけて日本の風土や美意識に合わせて洗練されていきました。特徴として、繊細で優美な反りを持つ屋根、簡素ながら力強い組物、そして全体の調和を重視した構成が挙げられます。東寺五重塔は、この純和様の傑作として、日本建築史上極めて重要な位置を占めています。大陸から伝わった様式を単に模倣するのではなく、日本人の美意識で昇華させた、文化的自立の象徴とも言えるでしょう。

心柱(しんばしら) 五重塔の中心を貫く、最も重要な柱のこと。東寺五重塔の心柱は、地面から浮いた状態で設置される「懸垂式」という特殊な構造を持っています。地震の際、この心柱が巨大な振り子のように機能し、各層の揺れを吸収・制御することで、建物全体の倒壊を防ぎます。これは、現代の超高層ビルに採用される「制振構造」の原理と同じであり、古代の建築技術者たちの驚くべき知恵を示しています。東京スカイツリーの心柱も、この伝統技術からヒントを得て設計されたことは有名な話です。

組物(くみもの)・斗栱(ときょう) 柱の上に載せる複雑な木材の組み合わせのこと。「斗(ます)」という四角い部材と、「肘木(ひじき)」という横材を組み合わせることで、重い屋根の荷重を柱に分散させる役割を果たします。釘を一本も使わず、木材同士の摩擦と重力だけで固定されるこの構造は、地震の揺れにも柔軟に対応できる利点があります。東寺五重塔の組物は、特に精緻で美しく、江戸時代の宮大工の技術水準の高さを物語っています。近づいてよく見ると、まるでパズルのように組まれた木材の複雑さに驚かされることでしょう。

相輪(そうりん) 塔の最上部に取り付けられた金属製の装飾部分のこと。下から順に、「露盤(ろばん)」「伏鉢(ふくばち)」「請花(うけばな)」「九輪(くりん)」「水煙(すいえん)」「龍車(りゅうしゃ)」「宝珠(ほうじゅ)」から構成されており、仏教的宇宙観を表現しています。特に九輪は、仏教における九つの世界を象徴し、輪が重なることで煩悩を打ち砕く意味があるとされます。東寺五重塔の相輪は高さ約10メートルもあり、青銅製で重量も相当なものです。これを支える構造技術もまた、注目に値します。天に向かって聳える相輪は、まさに人々の祈りが天に届くことを象徴しているのです。

立体曼荼羅(りったいまんだら) 空海が東寺講堂に配置した、21体の仏像群による三次元の曼荼羅のこと。平面的な絵画や図像ではなく、実際の仏像を空間に配置することで、密教の世界観を体現しました。中央に大日如来を配し、その周囲に金剛界・胎蔵界の諸仏を配置する構成は、まさに密教の宇宙そのものです。五重塔もまた、この立体曼荼羅の思想を建築として表現したものと考えられており、五層それぞれが密教の五大(地・水・火・風・空)を象徴しています。単なる高い建物ではなく、宗教的・哲学的な意味を持つ「祈りの造形」なのです。


執筆後記

東寺五重塔について執筆しながら、改めてこの塔が持つ奥深さに心を打たれました。ただ高い建物というだけでなく、そこに込められた空海の理念、幾度も立ち上がった人々の執念、そして千年を超えて受け継がれてきた技術と信仰――すべてが重層的に折り重なり、今日の姿があるのだと実感します。

この記事が、東寺五重塔を訪れる方々の心に、少しでも深い感動と理解をもたらすことができれば幸いです。京都の空に静かに聳え立つあの塔が、これからも永遠に、私たちに何かを語りかけ続けてくれることを願ってやみません。

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